AUG-3111

定義

「私たち」の閾値

※本ページは日本語訳です。英語の原文が正本となります。

「私たち」の閾値とは、気づかぬうちに越えてしまう境界線であり、これを越えると内なる言語の転換が起こる現象を指す。「私はツールを操作している」から「私たちは働いている」へと認識が変わり、派遣した多くの支援AIが自身の延長された腕のように感じられる。境界を越える瞬間自体に体感はなく、振り返ったときに初めて、自らの思考内の言語がすでに変化していることに気づくのである。

(We-Threshold)

使用される文脈

使用される文脈:自分自身にハッとする瞬間が引き金となる。内心で「私の群れ(スウォーム)」や「私たち」と呼んでいることに気づき、それがいつからなのか分からない状態である。エージェント集団と長期間にわたってうまく協働できた後にのみ生じ、初日に起こることは決してない。

人間の認知との違い

人間の認知との違い:自身のアイデンティティが喪失したり、病的な融合が起きたりしているという意味ではない。「私たち」の閾値は、初期段階においては自分の頭の中の言語的な現象にすぎない。警戒すべき段階に入るのは、「私たち」という言葉とともに、その集団を「スイッチを切ることができる対象」として客観視する能力まで失われた場合のみである。

機械の処理との違い

機械の挙動との違い:機械側で何かが融合したという意味ではない。エージェント集団は技術的には閾値の前後で何も変わっていない。変化したのは、それを指揮する人間の側の体験と内面言語だけである。

混同しやすい用語との違い

「計数の限界(AUG-3112)」とは異なる。あちらが把握能力の限界(自分はいくつの要素を維持できているか?)を指すのに対し、こちらは帰属意識の転換(その中で自分は何者か?)を指す。これら二つの閾値は、時間的に遠く離れて訪れることがある。「遠隔の負荷(AUG-3116)」とも異なる。遠隔の負荷が背負い込んだ責任を記述するのに対し、「私たち」の閾値は変化した自己の言語を記述する。「私たち」と一度も呼ぶことなく、遠隔の負荷を背負うことは十分にあり得る。